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3-11 震災当日と翌日

震災当日、みなさまはいかがなさっていましたか?
その瞬間、僕は事務所で数人でパソコン台を押さえて、。踏ん張っていました。
揺れがおさまって数分後、自転車で様子を見に町に出ました。

1)京橋あたりのビルからはビジネスマンが街頭に飛び出し、みんな興奮した様子でした。この時ばかりは知らない人どおしも、けっこう会話が弾んでいたようです。車はスイスイ走っていました。
地震写真

2)2つのビルで窓ガラスが割れ、歩道はもちろん、その先の車道にもガラスが散乱していました。ビル街では、揺れたとき外に飛び出すのはかなり危険だと思いました。

3)近所に15階建て建設中現場があり、すでにできた10階以上の骨組みの上に、さらに20メートルもあろうかと思うクレーンが乗っています。その中ほどにある運転席はさぞ、すごい揺れだったのでは?と興味がわき、現場のおじさんたちに聞いてみました。
クレーンに乗っていた人には会えませんでしたが、数人のとび職さんに話が聞けました。
「ゆれたよ、かなり。でも俺たちは大丈夫なんだよ、気をつけてっから~」あまり動揺は無いようでした。恐るべしとび職さん

4)15分後に食品スーパーに行き、帰宅する社員のおにぎりと水を買いました。来店客はほとんどなく、店員もまばらでした。
考えてみれば、その時点ではまだみんな街角や事務所でワイワイ話をしていたようです。

5)3時間の後、社員も全員退社し、僕も自転車で帰ることにしました。非常時用に自転車を置いておいてよかったと思いました。
町に出てびっくり。車はびっしりでほとんど動けず、帰宅を急ぐ人々は、歩道には収まりきれず、車道にはみだしていました。普段なら30分で走れるところを、1時間かかって帰りました。
途中、スタックしていた車の外人さんと目が合い話しました。近所の大使館の車で、「すでに2時間、ほとんど同じ場所で動けない」とのこと。(その後、町で一度すれ違い、覚えていて挨拶してくれました)
自転車は、浜町に帰る近所で働いていた方にお貸しし、有効活用ができました。

6)その日の夜、スーパーに魚、野菜と牛乳を買いにゆきました。東北からのルートが絶たれるとこれらの商品が不足し、価格が上がると思ったからです。事実、翌日から商品は棚から消えました。
震災翌日のショーケース
翌日のスーパーマーケットのショーケース

7)翌朝、車にガソリンを入れに行きました。まったく問題なく満タン給油できました。ハイブリッド車のおかげで、残り走行距離メーターは800キロになり(ハイブリッド効果です)、一安心。ガソリンも、その後、不足が伝えられました。
また、自宅にはあまり使わなくなった50ccバイクを、緊急用として保持していました。「やはり、とっておいたのは正解だったかな」と思いました。今回出番はありませんでしたが。

8)翌週、会議では全員の「できていた、できていなかった対応策」を発表し、今後の緊急時への準備を話あいました。
(まとめたものは別の機会に書きたいと思います。)
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